アンティーク家具の店イチユウ

アンティークに出会う空

出会い
ロンドン
ボンドストリート
価値あるもの
ラビットハンティング
チャイニーズルーム
煉瓦造りの納屋
エレファントマシン
ゴーイングプロジェクト

■出会い

私とアンティーク家具との出会いはかれこれ13年程前にさかのぼる。
それは1992年の春、ふらっと店を訪れた留学生の英国嬢と知り合ったことに始まる。彼女は何度目かの短期留学で静岡に住んでいた。

日本語での日常会話は十分OK。
簡単な常用漢字も書ける程、日本の生活に慣れ親しんでいた。
そして彼女の父親は世界を股にかけて商売しているアンティークディーラーだった。

そのころの私のアンティークに対するイメージは酷いもので
「あんなもの、薄汚くて触れたものじゃない。ましてやどこの馬の骨とも分からない異国の人間が使っていたものなどとんでもない。家具は断然、NEW!に限る!!」
とウソ偽りなく思っていた。

ところがその年の夏、彼女の父親が来日しアンティーク家具についてとくとくと講義してくれた。

この時だった。

なぜか私の心は何かに突き動かされ、その数週間後にはイギリスへフライトしていたのである。
それは家具屋としての宿命だったかもしれない。

そのときはまだ彼の話も半信半疑で、我が目と耳、持って生まれたDNAをフル活用して確認するための旅立ちだったのだから。

 

■ロンドン

ヒースロー空港に降り立つのはそれが三度目だった。
最初は1974年(1ポンドが720円の時代)、県の産業視察団のひとりとして。
二度目は新作家具の仕入れで1990年のことだった。

機上から見下ろすロンドン市街は緑豊かであり、東京のようなコンクリートジャングルとは打って変わる眺め。
昔読んだ海外物おとぎ話の挿絵に描かれている鳥瞰図にぴったり合う風景だ。
テムズ川が市内を緩やかに蛇行しその美しさに心奪われる間に着陸していた。

英国はさすが観光立国。
空港からロンドン市内までのアクセスは充実している。地下鉄で30分後には中心地に到着した。
タクシーならば混雑がなければ20分ほどだそうだ。

ロンドン市内には観光名所と化しているアンティーク街やマーケットが多数ある。日本での近年の骨董ブームもあり、そういう場所では結構日本人を見かけるようになっているらしいが、かのアンティークディーラー氏はそのあたりは簡単に通り過ぎ、ある店に案内してくれた。

そこは正真正銘のアンティークだけを扱う店で、数億円する時計や家具、調度品がこれでもかとばかりに展示されていた。
どれも美術館、博物館に陳列されていて当たり前のものばかり。

その品々の放つ歴史の重みと価値に私は圧倒され、アンティークの世界へと誘われていった。

■ボンドストリート

彼とボンドストリートを歩いているときのことだった。
アンティークショップのウィンドウに飾られている1台のマホガニーチェストが目に止まった。

「このチェストは高そうだね」

と問う私に彼は

「良い品を持っていれば値はどんどん上がる」

と答える。

確か以前にも同じ言葉を聞いたと、記憶を辿ってみると、以前 NEW家具の仕入れをしていたときに、違う店(場所はやはりボンドストリート)で同じようなマホガニーチェストを見つけて、店のオーナーに話を聞いたことを思い出した。

そのアンティーク品は、間口90cm、奥行50cm、高さ90cmサイズの4枚チェスト。
さすがに味わい深く、さほどアンティークに魅力を感じていなかった当時の私の目にもすばらしく良い品であることは確認できた。
多少気になったので、オーナーに価格を尋ねると

「800万円」

と言う。耳を疑った私が

「日本でなら高級外車が買える」

と思わず軽口をたたくと、彼はこう教えてくれた。

「車は10年もすればゴミになってしまうが、アンティークのこの家具は10年すればもっと値が上がりますよ」

当時はこのオーナーの言葉が信じ難かった。

こうしてアンティークディーラー氏に連れられてのロンドン高級アンティークショップ巡りが始まった。
安物からチェックしたのではなく、最高級の品からまず見て回ったというところが、今日の私のアンティークを見る目を養ってくれた原点だったのだろう。

 

■価値あるもの

アンティークと一口に言うが、英国では日本より専門的になっていてそれぞれの間口は狭く奥行きがずっと深い。

店も同じだ。
家具なら家具でマホガニーのビクトリア期以前のものばかり。
時計ならグランドファーザークロック専門。
陶器ならアールヌーボーのみ。といったようにスペシャリストの店が多い。

ガレ、ドーム、ミューラーといったアールヌーボー時代の専門の店に行って驚いた。
下手な日本の美術館よりもすばらしいものが揃えてあり、量も豊かで、その店を日本に持ってくればそのまま美術館になってしまいそうだ。

日本人はアールヌーボー時代のものが好きでネームバリューがあるので、私も興味を示した。
しかしアンティークディーラー氏は見向きもしない。

「 Mr.UNNO 、ガレのような被せガラスの技法は現代も同じようなものを作ることができるし、偽物も多く出回っている。
その点『イングリッシュグラス』は今ではその技法で作ることが難しく、だんだん無くなっていく。
今後作ることが難しくなっていくものに価値があるんだ」

と、彼は語る。

バブル時代に日本人が買い漁ったガレ専門店を、最近訪ねてみた。
ヌーボー時代のものは値崩れして展示スペースは縮小され、主流はビエナ陶器へ様変わりしていた。

 

■ラビットハンティング

ディーラー氏の友人でアンティーク収集家のヒュー・ケネディ氏の家に招かれ遊びに行った。
ケネディ氏は兵器研究家を名乗り、日本の鎧兜にも造詣が深く、久能山東照宮を訪れた時に案内したことがある。
そのとき彼は自らを「ファーマー」であると言っていたのだが、農夫ではなく農場主であったと訪問して初めて知ったのだった。

夕方近く到着した彼の家。リビングに置かれた動物の剥製に驚かされた。ライオン、ヒョウ、トラ、熊、キリンの頭、etc ……。

ハンティングに興味を示すと、彼は家の前のシンボルツリーに紙で簡単な的を作って貼り、ピストルを撃たせてくれた。
22口径の短銃だったが、もちろん射撃は初めてで、何発も的を外し大木に撃ち込まれていく。
いいのかなとも思うのだが、ケネディ氏自身が別段気にしていないようなので、そのまま撃ち続ける。結構楽しいものだ。
夕食は夫人が家庭料理のウサギとキジの肉をごちそうしてくれた。思ったより臭みもなくおいしく頂いた。

日が沈んでラビットハンティングに出かけたのだが、もちろん初めてだ。
ヒュー氏と私はトラックの荷台に乗り、彼の息子が運転して裏庭の麦畑へ繰り出した。

トラックはかなり揺れる。
ヒュー氏が私の首根っこを片手でつかみ、もう一方の手で荷台のフレームをつかみ支えてくれた。

銃は二連の散弾銃だ。揺れに耐え両手で銃を構えた。
トラックのヘッドライトに草むらから飛び出したウサギが照らし出される。と、ヒュー氏が

「Shot!」

と大声を上げた。
銃は重いし体は揺れてねらいは定まらないが、兎に角引き金を引いてみた。すさまじい音とともに散弾がハジけるがウサギは闇に消えていった。

あちこちからウサギが飛び出し、そのたび撃つのだがなかなか当たらない。
ヒュー氏の愛犬も畑を走り回っていてあやうく撃ちそうにもなった。1時間ほど麦畑を走り回り、エキサイティングでとにかくおもしろかった。

ハンティングには人を高揚させる何かがあることを実感した夜だった。

 

2日目は知り合いの私有地である野原へと、許可をもらい出掛けた。
そこにはウサギがたくさんいるとの事。今日はスコープの付いた22口径のライフル銃を用意した。

ヒュー氏がトラックから降りるとすぐ、木の下にリスを見つけた。
撃ってみろという。
スコープを覗くと十字の真ん中にリスをとらえ、ゆっくり引き金を引いた。

当たった感触を覚えた。不思議だが、手応えというのは確かにある。

「OK! Mr.Unno」

ヒュー氏はリスを取ってこいというのだが、私は何か罪悪感というのか、かわいそうな思いにとりつかれ、リスに近づいてもさわることができない。
ただ立ちすくむだけだった。

ヒュー氏は見かねてか、そばにやってきて、いともなくリスをつまみ上げてトラックの荷台に投げ入れた。
そして「さあ、行こう」と丘を歩き始めた。

丘のあちこちにいくつもの穴が開いていたがそれがウサギの巣であった。

さらに歩くと座っているウサギを見つけた。
スコープを覗き、ねらいを定める。
撃った瞬間、轟音が鳴り、ウサギは飛び跳ね逃げていった。ライフルの音で他からもウサギが跳びだしてくる。

一山越える間にかなりのウサギに出くわしたが、やはりそう簡単には当たらなかった。

何とか一羽を確保して帰ったのだが、うれしくおもしろいのが半分。かわいそうなのが半分で複雑な気持ちになった。
ところがそのウサギを見たヒュー氏は「病気がある」と言って犬に与えてしまったのだ。

驚いた。

文化の違いをまざまざと感じる出来事だった。

 

■チャイニーズルーム

ヒュー氏の家を訪れたその夜は彼の家に泊めてもらったのだが、私たちは2階の「チャイニーズルーム」と名付けられた部屋に案内された。
ドアを開けると薄暗く30畳くらい。
左手の壁面の中央にキングサイズのベッドがあり、その左右に「日本の鎧兜」が飾ってある。

『チャイニーズルームと言っていたのに』

と思ったのだが、とにかくその日は疲れていたのでそのまま追求することなく寝入ってしまった。

翌朝、頭もすっきりしたところで改めて部屋を見回すと驚きの連続。
部屋の造り、壁紙、置物、ベッドカバーなど、全体から細部の品々すべてが「チャイニーズ」だった。
ただひとつ、鎧兜を除いてはである。

この鎧兜が相当の品であることは専門ではないがその場で確認できた。
廊下にも鎧兜が飾られていたが、これも良い。

書斎を訪れ書棚を見ると、ずらり専門書が並んでいる。日本の鎧兜に関する本も何冊もある。
これを読んで学び、日本に出向いて実物を見る。そしてオークションで買い求めたに違いなかった。

もう一度チャイニーズルームを見てみた。

部屋全体の飾り方はいかにも英国式の左右対称で、改めてその徹底ぶりに感心する。
鎧兜のことは気にならなくなっていた。西洋人の彼にはチャイナと日本の区別はつかないのだろう。
日本人の私には英国もフランスもドイツもひとくくりヨーロッパなのと変わりない

私はすべての品から歴史を感じていた。

これは彼一人の仕事ではない。
目の前の品々は、何代にも渡り集められたもので、今も歴史を刻んでいるのだった。

 

■煉瓦造りの納屋

ヒュー氏の敷地で、母屋から少し離れたところに煉瓦造りの小さな納屋のような建物があった。それは2階建てで職人らしき人が出入りしている。

「ゲストルームを造るんだ」

アンティークを訪ねる旅 煉瓦造りの納屋

アンティークを訪ねる旅 煉瓦造りの納屋

ヒュー氏はその建物の内部だけを改装しているという。
その建物は1700年代のもので、正面から見ると完全な左右対称の造りになっている。
2階中央に設けられた窓は階段の踊り場でその真上に煙突がある。

ぐるり裏へ回ってみる。
2階の部屋は階段の両側に分かれていて、正面側と違い窓は部屋にあるが、やはり左右対称になっている。
中に入ってみると階段を直している職人がいた。よく見ると階段裏の見えない部分は新建材を使っている。

「な〜んだ、英国も日本と同じだ」

一瞬そんな風に感じたのだが、日本であれば建物を丸ごと建て直しているであろうものを、内部のみ直すところが違う。

2階でも石壁にハケでペンキを塗っていたり、スチーム配管をしていたり。総勢3名がのんびり働いていた。
いつ出来上がるのかを訪ねてみたが、「わからない」と笑っている。
施工主も急がせず、職人ものんびり、いつ完成するのかわからない。

スローライフを楽しむ人々だった。
まあ、万事このテンポなのだ。
家具を揃えるのに何代もかかるのが当たり前に思えてきたのだった。

 

■エレファントマシン

ラビットハンティングの時に巧みなドライビングテクニックを披露してくれたヒュー氏の息子、トーマスは私の滞在中いつも自宅にいた。

何をしているのだろうか?
彼は口数こそ少ないが礼儀正しく愛想の良い好青年だ。

本人に尋ねると待ってましたとばかりに私を自宅裏手の広い納屋に連れ出し、あるものを見せてくれた。

アンティークを訪ねる旅 エレファントマシン

それが何なのかさっぱり見当もつかない。

トーマスの語るところによれば、それは1900年頃作られたディーゼルエンジンらしい。それを長い時間を掛けて直しているという。
よくよく見ると象の骨格のように見えないことはない。

しげしげ眺めているとトーマスはおもむろに自分の背丈の倍もある高さの最上部に乗り込み、それを動かし始めた。
マシンは遅々とした歩みで何とか前進していく。
トーマスの顔には満面の笑みが浮かんでいた。

アンティークを訪ねる旅 エレファントマシン

アンティークを訪ねる旅 エレファントマシン

この不思議は物体は、祭りか何かのイベント目的に使われたエレファントマシンの本体らしい。
これからエンジンの調整をして、フレームに象皮を模したカバー(ラバー製の予定らしい)を被せ、昔のままに忠実に修復するのだそうだ。
つまり彼はリペアのプロだったのだ。

仕上がったエレファントマシンを自分のコレクションにするのか、あるいは売却するのかまでは聞きそびれた。修復にたっぷりと時間を掛け、なおかつ完成品にしていく過程を心底楽しんでいる姿が私にはなぜかまぶしかった。

家を愛し、家で展開される暮らしを大切なものとするイギリス人に敬服することばかりの日々が続いていた。

■ゴーイングプロジェクト

「家は持った時が始まり−家づくりはゴーイングプロジェクトだとイギリス人は考える。魅力的な家は住み手が手を掛けていくことで完成する」

ある書物の文章であるが、まさにヒュー氏の家での出来事。
あれこれから同様のことを実感した。

家の補修から壁にどんな絵を何枚掛けるかまで、まあ、彼の場合は動物の剥製や兵器になるだろうが、いつも家に関わり続け、終わることなく次代にそれら全てが受け継がれていくのだ。

家具から始まり調度品、窓から見える庭園や羊の群れの風景。
どれもこれも彼らの自慢。玄関からダイニングルームに落ち着いてお茶をいただくまで、何回説明を聞くために立ち止まっただろう。こんな経験、日本では滅多にない。

消費文化と使い捨てに疲れ切った日本も、これからはもう一度自分らしい暮らしを家の中から始めてみたいと思うようになる。
そんな時代の到来を予感している。
物とお金から解放されるイギリス人の知恵を実体験できた私の最高に贅沢な時間もそろそろ終わりを告げようとしていた。

 

……つづく

 

 

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